祝福の地
そう、普通の人間なら。
普通の人間が、『祝福の地』を知っている訳がない。
ましてや、あらゆる魔術機関で秘匿扱いされている『絶望の断崖』を知っている訳が!
「何者だ……貴様」
しゃがれた声に、彼女は月を見上げる。
「ここの街を治める、異端種ダヨ」
……この身体では、勝ち目がない。そう判断した私は後ろを向き、
「どこに行く気カナ? 人の街で好き勝手やってくれテ」
眼前に彼女がいた。私が後ろを向こうとした一瞬で、背後に回りこんだというのか?
それでも私は冷静に、最後の力を振り絞り、壁を蹴り上げることで上空に逃れようとする。しかし、その背後を、クスクスと声をあげて笑いながら彼女は追ってくる。甲高い声は死神の羽音にも聞こえる。
いつでもとどめをさせるだろうに、彼女は一切手を出そうとしない。
私はビルの屋上に着地し、彼女と正対した。
「おかしいネェ……ボクと戦う人ってのは、大概、ボクとの力の差に絶望するんだケド……絶望どころか、キミの場合は恐怖すらしていナイ……これじゃあ面白くないヨ。もう終わりにしようカナ」
良い洞察力を持っているが……結局、普通にとどめを刺そうとするようではたかが知れている。彼女は背後に回りこみ……これは予想外だった。首筋に噛み付いてきた。
吸血鬼というのは、人間の血を啜る者。だがこれは、
「そうダヨ。ボクは、異端種の血を啜る吸血鬼。まあ、人間の血も結構吸うんだケドネ」
甘く、どろりとした声で絶望を煽る。彼女はどうも、喘ぐウサギをジリジリと追い詰める狩りがしたいらしいが……残念だったな。
そうだ、私は彼女の指摘通り恐怖していない。
別にこれは、壊れても構わないしな。
そろそろ潮時だろう。これだけ密着していれば、あるいは彼女を巻き込めるかもしれない。
そこで私は回線を切断し、ある魔術的な手順を踏んだ。