三桜
「昨日やったが、出来なかった」
この意味を把握出来なかったのだろう、男は剣呑な目付きで幸一を睨み返した。
「三桜弥生が失踪した翌日から彼女を捜していた。そして、事件の異様さから、途中で犯人を探す事も目的に加えた」
「そして昨日、そいつと会ったのか?」
幸一は頷き、
「だが仕留められなかった。あんたの言う、死神の力が発現されなかった」
男は椅子から立ち上がり、懐から札束を取り出した。
「そいつを仕留めろ。生死は問わんそうだ。これは、とある筋から依頼された礼金だ。残り半分は仕留めた後に渡す」
あの天使が、ここには異質な気配が十や二十ではきかないと言っていたが……異端種のコロニーを形成する長が出資者か。
「いらん」
「……殺人鬼だろう、お前? 金を貰って殺し合いが出来るのに何が不満だ!」
男は机を割れんばかりの力で叩きつける。結構な激情家だな。
幸一はおよそ何も考えていないような、ガラスめいた瞳でその激情家を見上げ、口を開いた。
「依頼しよう。三桜を探してくれ。報酬は俺に支払われるその礼金とやらだ」
「誰が殺人鬼の金など受け取るか!」
……こんなに感情を剥き出しにするようでは、探偵失格ではないのか、こいつ?
「……金が無いのに、どうやってあいつを探すつもりだ? 金が無くて探せなかったと、あいつの父親に言うつもりか?」
男の身形は、無精ひげがはえている以外は普通だ。しかし、その胸元に『この金があったら……!』という念が渦を巻いている。
情に流され、妥当な金銭より格安で引き受け、身を破滅させるタイプだな、こいつは。
男は、猛烈な怒気を発しつつ幸一を見下ろしていたが……
机の上にあったその金を乱暴に取ると、そのまま何も言わずに出て行った。